風に吹かれる木の葉
前田夕暮
風に吹かれる木の葉をみてゐると創生紀時代が思はれる。原始時代の姿が見える。
風に吹かれる木の葉をみると、永遠と瞬間とを同時に感じられる。
風に吹かれる木の葉をみると、踊りを聯想する。しなやかなしろい手をひらりひらりとさせたり、扇をひらり、ひらりさせたりして、顫動的に体を動かす踊を見てゐるやうだ。
木の葉では桂の葉がなかでも踊りの手ぶりをあらはしてゐる。ある夏私は日光中禅寺湖畔に遊んだ時、湖岸に近く数本の薄灰色の喬木が、朝に夕に其光沢のある広卵形の対生の木の葉をひらひらさせてゐるのを、いかになつかしく眺めたか知れない。この木は、あるかなしかの微風にさへ、いかにも喜ばしげに葉といふ葉を日光のなかでひらひらさせてゐる。外の木は静まりかへつてゐるときでさへ、生々とそれこそ嬉々として動いてゐる。この木にばかり風がきて遊んでゐるやうである。その木は桂であつた。
底本:「日本の名随筆37 風」作品社
1985(昭和60)年11月25日第1刷発行
底本の親本:「前田夕暮全集 第三巻」角川書店
1972(昭和47)年9月
入力:浦山敦子
校正:noriko saito
2024年6月18日作成
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