米國の東海岸、ニュー・イングランド地方には、流石に古い傳統が殘っていて、ジャズの國アメリカでは一寸考えられないような料理がある。「クラム・ベーク」というのが、その一つであって、今度の會議の懇親會で、初めて食べてみたが、なかなか風趣のある料理である。これは
料理は野外でやるので、廣々とした草地の中に、まず大きい石塊を並べて、四角形の場所を作る。その中は六尺に九尺くらいあって、その中で太い丸太をどんどん燃やす、下の地面も周圍の石塊も、それですっかりやける。丸太が燃え切った頃には、眞赤なおきが、この六尺と九尺の區劃の中に一杯並ぶ。このおきと燒け石との上に、ひじきのような褐色の海藻を、厚さ二寸くらいに一杯に敷きつめる。これは生の海藻をそのままおきの上に載せるのであるから、湯氣がもうもうと立って、なかなか壯觀である。
この海藻の上に、
クラムという貝は、烏貝のような形で、大きさは、四分の一くらい、色はあさりに似ている。この邊の海岸の砂濱のところで、いくらでもとれるものの由である。見たところ、下等な貝であるが、こういう蒸し方だと、肉も軟くなり、海藻の匂いが浸み、また海藻から出る鹽味が丁度いい工合について、なかなか美味い。
これを錢湯の洗い桶くらいの大きさのものに、一杯入れてくれる。別に味は何もつけないで、液状バターに浸しながら食べるのであるが、磯のかおりがあって、食通には大いに喜ばれそうな味である。
ビールを飮みながら、このクラムを一桶食べた頃には、蝦と野菜が丁度いい加減に蒸されている。蝦も、アメリカでは、このあたりの海のものが一番良いので、普通シカゴの料理店などで出すアフリカ海岸の蝦とは、格段のちがいである。それに海藻の匂いと鹽味とが、適當について、なかなか風趣のある味である。
考えてみれば、人件費の高いアメリカでは、これはたいへん贅澤な料理であろう。生の海藻を採って、運んで來るだけでも大仕事である。こういう料理が、現在でも珍重されて殘っているところを見ると、アメリカ人にも、ものの味のわかる人が相當いるらしい。