賭け勝負(木剣真剣望み次第)
試合は一本
申込みは金一枚
うち勝つ者には金十枚呈上
中国浪人天下無敵 ぬきうち獅子兵衛
横二尺に縦五尺ほどの杉板へ、墨も黒々と筆太に書いた高札が立っている。試合は一本
申込みは金一枚
うち勝つ者には金十枚呈上
中国浪人天下無敵 ぬきうち獅子兵衛
時は寛永十九年二月。
場所は江戸両国橋広小路。
大江戸が将軍家お
その広小路のまん中へ、
――天下無敵。
という高札を立てたのだから、ことだ。
御入国以来、こういう高札の立つことは三度や五度ではない、多くは出世の機会を得ようとする剣術者であるが、中には、奇計を設けて
しかし、それらの人々は、お膝下を騒がすという点を遠慮して、たいてい御府内でもはずれに近い場所を選んでいたし、人柄も多くは
しかも恐ろしく強い。
高札が立ってから十日のあいだ、評判を聞いて試合を挑みにきた者の数は、武家や町人を加えて五十人をはるかに越えているが、まだかつていちども勝った者がない。勝たないばかりではなくて、たいていは身構えするかしないという暇に、打ち込まれてしまうのである。
――ぬきうち獅子兵衛。
おそらく偽名であろうが『ぬきうち』という点だけはまさに
彼は今日五人まで勝って、いま
「道をあけい、通る者じゃ」
そう云いながら、人垣を押分けて一人の武士が進み出てきた。編笠を冠っているから人品年頃は分らないが、衣服も大小も立派な、いずれ相当な身分と思われる人柄である。
獅子兵衛は床几に掛けたまま、
「勝負をお望みなさるか」
と声を掛けた。
相手は縄張の中へ入ると、笠の前を少しあげながら返事もせずにしばらく
「いや、……勝負は望み申さぬ」
と答え、くるりと
鳴を鎮めていた見物人たちは、この有様を見て期待を裏切られたらしく、臆病者とか敵に後を見せるとか、金一枚が惜しくなったのだろうとか、無遠慮に
詰らぬ飛入りがあったきりで、今日はもうこれでおしまいかと思われた時、今度は見物人を充分に堪能させる客がやってきた。
「おい見ろ見ろ、
「しめた、とうとうお出ましか」
「今日まで現われなかったのが不思議なくらいだぜ、こいつはいよいよ関ヶ原だ」
「道をあけろ道をあけろ」
群衆の歓声を浴びながら、三人の供を
「ぬきうち獅子兵衛とはそのほうか」
「いかにも獅子兵衛は拙者だ」
そう答えて彼も床几から立った。
「将軍家お膝下を
「いささかもさようには思わぬ」
獅子兵衛は平然として答えた。
「拙者は兵法修業の者で、今日まで諸国を経めぐってきたが、いまだかつて敗れたことがない、当時江戸は将軍家お膝下で武術者も多いと聞いたから、どれほどの達人がいるか試みにきただけだ。不都合はあるまい、……もし、天下無敵が気に入らぬというなら勝負を望むがよい、金一枚で誰でも相手をする、断っておくが金一枚は金儲けのためではないぞ、詰らぬ腕前ばかり見せられるから、憂さはらしの酒手にもらうのだ」
「恐ろしく高言を吐くやつだ」
虎之助は、太い眉を動かして云った。
「田舎者は物の道理を知らぬとみえる、然るべき者が、かような場所へ、のこのこと武術の優劣を争いに出ると思うか」
「そうかも知れない、誰しも人なかで
「なに、聞き捨てならぬことを云う」
「お望みなら金一枚、万一勝てば金十枚を呈上する、このうえ口論は無用だ」
「……
虎之助は振返って叫んだ。
「そのほうこやつを打ち据えてやれ」
「承知
供の中にいた男が一人、手早く身仕度をして進み出た。……
「金一枚、約束でござる」
「無礼な!
「まあよい」
虎之助は、面倒臭そうに云った。
「四郎右衛門望みどおり出してやれ」
「ははははは、さすがに鬼若殿は寛濶だな、いやそう眼を怒らせなくとも、ひと眼見れば松平虎之助殿とは分ります。江戸一番の大前髪、この次はお手合せを願いますぞ」
「無礼者、……いざ真剣で参れ」
藤兵衛が叫んだ。主人の名が出ては生かしておけぬと思ったらしい。獅子兵衛は微笑しながら木剣を取ると、
「真剣とはたのもしい、拙者のほうは誰が相手でも木剣と
不敵に云って二三歩さがった。
藤兵衛は腰の大剣を抜くと、
隙だらけの構えである。
いや隙だらけというより、まるで
藤兵衛は呼吸が苦しくなってきた。
よく云われることであるが、上手ほど上手を
「藤兵衛臆したか」
虎之助が声をかけた。
藤兵衛も
「やああ!」
と正眼の剣をそのまま突込んだ。
捨身の突きである。体ごと相手の体を突倒す勢で突っ込んだのだ。神速な、まことに美事な技であったが、あっと人々が息をのんだとき、獅子兵衛の体がわずかに左へ傾き、かっ! という音がして白刃が地に打ち落されるのと同時に、藤兵衛の体が二本の足を空へ、……だっと
「わあっ」
「わあっ」
群衆の歓呼を浴びて、獅子兵衛はにっこり笑いながら、金一枚をゆっくりふところへ入れてしずかに一周した。
「有難く頂戴仕る」
「…………」
同輩の者が慌てて藤兵衛の介抱に
しかしなにも云わなかった。
見物人たちが云ったように虎之助は『鬼若殿』という
ところが、虎之助は黙っていた。そしてもっと意外なことには、供の者が藤兵衛を
「……帰るぞ」
と云ってそのまま踵を返して立去ったことである。
根岸の里といえば当時はまだまったくの田舎で、
里人が二本松と呼んでいる丘の蔭に、持輪寺という古寺がある。……日のとぼとぼ暮れに、例のぬきうち獅子兵衛と名乗る武士が、その山門をくぐった。
すると、待受けていたように、一人の若侍が出て来て、
「
と云った。
「衣服を改めるに及ばず、そのままお目通りお許しとある」
「さようなれば……」
若者は静かにおじぎをした。
古びた客殿へあがると、そこにも三人ほどの若侍が詰めていた。みんな冷たい眼でじろりと見たが、左内と呼ばれた獅子兵衛は気付かぬふうで大剣を
その部屋には、土佐派の筆になる極彩色の
「……お召しにより左内お目通り仕ります」
「近う、許します近う」
婦人は神経質に云った。
「呼んだのは
「……はああ」
「このみをどう思っていやるか申せ」
「恐入り奉る、……亡き殿
「真に主人と思いますか。そうではあるまい、真にこのみを主人と思ってくれますなら、このみの耻になるような振舞はせぬはず、……武士たる者が市中繁華の場所で、金を賭けて剣術試合をするなどという、浅間しいことはせぬはずではないか」
「……はああ」
「亡き殿さまは御悲運にて、御領地は召上げ、お家は改易、家中離散してこのみも今はよるべなき身上です。けれど……汚らわしい賭け勝負をするような者を家来に持ったとあっては世間への名聞、亡き殿さまへの申訳が立ちませぬ、覚悟のほどを聞きましょう」
「恐れながら御老職まで申上げます」
左内は平伏して云った。
「わたくしめ一代の
「ならぬ」
老人は一言の下にはねつけた。
「お家万歳のおりなれば格別、御悲運のおりからこれを差許しては。……恐れながら、賭け勝負の金にてお養い申すと世評にのぼっても申訳は立たんぞ……そうであろうが」
「まことに……まことにわたくしめの不覚、お
「黙れ、そう申すからはお上の御耻辱となることを承知のうえで致したと云えるぞ」
「いやいやまったくもって」
「左内、さがりゃ」
妙泉院の手。珠数が音をたてた。
「亡き殿さまに代ってこのみが勘当いたします、ふたたび顔を見まいぞ」
「……はあっ」
左内は額を畳にすりつけた。
亡き殿とは
――勘当する。
武士としては致命的な申渡しを受けて、
「……お待ち、左内」
そっと呼びながら、一人の乙女が出てきた。
姫君倫子である。
白玉のように
「左内は行ってしまうの?」
倫子は
「倫は知っています。
「……存じております」
「どうして左内はそんなことをしたの? 賭け勝負ってそんなにいけないことなの? いけないことを左内がするはずはないわね、倫はそう思っているのだけれど」
「……なんとも、申訳がございません」
「なにか訳があるのね、そうでしょう左内、なにか訳があるのでしょう……?」
倫子はむしろ、
「お姫さま、左内はお姫さまの家来でございます。無調法で御勘当を受けましたが、身命の有る限り妙泉院さまお姫さまの家来だと思っております……どうぞこう申上げることをお姫さまだけでもお許しください」
「それでは、行ってしまうのね、もう会えなくなってしまうの? 左内」
「たとえ、……たとえお目通りは仕らずとも左内はお姫さまをお護り申上げております、どうぞお心丈夫に、お仕合せにおいであそばせ」
「訳を云っておくれ、そんなことをしたのには訳があるはずです。倫にだけでよいからその仔細を話しておくれ」
「ただ左内の無調法でございました、……お姫さま、御免を
「お待ち、左内……お待ち」
左内は走るように立去った。
――もう生涯に二度と聞けぬお声だ。
走りながら左内はそう思った。わずか三年あまりしか仕えなかったが、誰よりも姫の
――御不運なかた、おいたわしい姫、このかたのためならどんなこともしよう。そう思い続けてきたのである、そしてそれが今日の勘当を受ける原因となったのであった。
「待て!」
叫びながら、行手にばらばらと現われた人影を見て左内はぴたっと足を止めた。……夕闇のなかに二人、近寄りながら刀を抜くのが、
先に来て待っていたらしい、渡辺角之進と
「お家の名に泥を塗るやつ、生けてはやらぬぞ」
「左内、潔く割腹しろ!」
左内は黙って一歩
「御老職、せっかくながら左内はまだ切腹はできません、それよりむしろ拙者から一言呈したいと思います。御老職はじめ
「無駄言はいらぬ、抜け左内!」
「無駄言ではない、できもせぬことを神だのみにして、この先いつまで便々と待っているのだ、妙泉院さまはしばらくおく、お姫さまをどうするのだ、お家再興が不可能ならせめてお姫さまなりと世にお出し申さなくてはなるまい、貴公らが当もない夢を見ているあいだに、お姫さまのお年頃はいたずらに過ぎて行くのだぞ。御老職、あなたはそれをお考えになったことがありますか」
「黙れ左内」
角之進が口いっぱいに喚いた。
「往来なかで賭け勝負するような、
「角之進、……貴公はいい人物だ、御老職はじめみんな忠義に
「くそ! まだ申すか」
喚きざま柏木大六が烈しく斬ってかかった。夕闇のなかに、ぎらりぎらりと
しかしそれは十秒とかからなかった。
大六は
――天下無敵、ぬきうち獅子兵衛。
両国広小路には今日も高札が立ち、それを取巻いて黒山のような群衆が、いま朝から三番目の勝負が行われているのを、押しあいへしあい見物していた。
その勝負がついたときである、わきたっている人垣を押分けて、昨日の鬼若様の供で来た綿貫藤兵衛がつかつかと縄張の中へ入ってくると、
「昨日お手合せを仕った綿貫藤兵衛と申す者でござるが拙者主人の申付にて、これより屋敷へ御同道願いたく御案内に参ったが……御承知くださるまいか」
「これは御丁寧な、出教授というわけですか」
左内は笑って、
「出稽古は高くなりますが、よろしいか」
「御迷惑は掛けませぬ、
「結構です、参りましょう」
左内はあっさり
「冗談じゃねえ獅子兵衛先生」
様子を聞いた見物たちは呆れて、
「そんな口車に乗っちゃあ危ねえ、昨日の遺恨があるんだ、殺されちまいますぜ」
「相手が鬼と名のついた若殿だ、屋敷へ呼んで取詰め、
「江戸人は、人情に篤いな」
左内は、笑いながら云った。
「言葉も交わさぬ拙者の身をそれほど案じてくれるか、かたじけないぞ。……しかし、安心しろ、獅子兵衛の鱠は酢でも味噌でも食えぬ、食えぬ鱠を作る鬼若どのでもあるまい、ははははは」
大きく笑って、
「綿貫先生、お供をしましょう」
と袴の
ぞろぞろと
「腰の物をいかがしましょう」
左内は御殿に近寄ると見て云った。
「いや御遠慮なく、そのままどうぞ」
「それではかえって
「いや、お上の御意でござれば」
「でもどうぞ」
左内は大剣を脱って、藤兵衛の手に渡した。
敵にどんな考えがあるか知らぬが、高貴の側近へ出るのに、帯刀のままでいるのは作法でない。ここまで来るからは左内も覚悟は決めている、礼儀は礼儀としてあくまでも守る気だった。
「さようなれば、しばらくこれに」
そう云って、藤兵衛は去った。左内は広縁の下に、悠然と立って待った。……静かな日である。微風に乗って梅の香が匂う、庭いっぱいに、暖い陽が
すると、その静かな庭上へ、にわかに人の気配がして、おおよそ十人あまりの若侍たちが現われた。みんな充分に身支度をして、木剣や稽古槍を持ち、ぐるりと左内を半円のなかに取巻いた。
無言である。左内は素早く眼を配ったが……兼て期していたことだから、驚く様子もない。
「ほほう、いよいよお出ましだな」
静かに云った。
「お庭の青
「きっとよいか、獅子兵衛」
後で叫ぶ声がした。
左内は眼尻でそのほうを見た、……広縁の上に、虎之助が矢を
「……御存分に!」
と云う、刹那! えいッ! 耳を
木剣が空へ飛び、槍のぶち折れる音が聞えた。そして若侍たちはばたばたと倒れた。体当りを食ってはね飛び、池へ落ちた者もあった。
十人あまりの人数があっという間に打伏せられたと思うと、左内は、いつ奪取ったものか木剣を右手に、
「いざ、お手並を拝見仕りましょう」
と広縁の真正面へ踏み寄って来た。
虎之助はしかし、すでに弓をおろしていた。そして左内が近寄るのを見ると、側に控えていた藤兵衛に弓を渡しながら、
「それには及ばぬぞ、あっぱれ美事なやつ。
と云って奥へ入った。
左内は支度を直したうえ、藤兵衛に導かれて御前へ出た。……虎之助は上機嫌であった。
「さても世間は広いものだな、兵法者の数も見てきたがそのほうほどの腕は柳生家を
「館ノ内左内と申します」
「主持ちか、それとも浪人か」
「浪人でございます」
「
「お言葉、身に余る面目に存じます。……その御寛濶にお縋り申して、わたくしにお願いがございますが、お聞き届けくださいましょうか」
「できることなら聞いて遣わそう」
「かたじけのうございます」
左内は平伏しながら、
「はなはだ
「うんよい。……みな遠慮せい」
近侍の者が退出するのを待って、左内はずっとひと
「お願いと申すは
「なんと云う、余に奥を……」
余りに突飛な言葉で、さすが鬼若と呼ばれた虎之助も
「こなた様が今日まで、お年に構わず
「ほう、……すると、賭け勝負は余を誘い出す手だてだと申すか」
「こなた様の御気性として、お眼に止まればそのままお見過しあそばすはずはなしと存じました。その節の無礼は平に、平にお赦しくださいますよう」
虎之助はじっと左内の顔を
「左内、余に
「こなた様とお見込み申上げましたゆえ、ありのままに言上仕ります。……実はわたくしの主人は、先年御改易に相成った柘植但馬守にございます」
「おお柘植侯の家中か」
「お家廃絶の後、家中離散のなかより不退転の者十五名、御後室妙泉院様、御息女倫子様おふたがたをお護り申上げ、今日までお家再興の時節を待っておりました。……しかし御承知のごとく、もはやその望みは絶え果てました。公儀お仕置の模様を拝察しましても、お家再興のことは諦めなければならぬと存じます」
虎之助は黙って頷いた。
「それもよし世の
「左内、……それでよいぞ」
虎之助は強く
「もうなにも申すな、……そのほうほどの者に見込まれたら逃げられまい」
「……殿!」
「住居を申せ、いずれ親元と話してしかるべく使をやるぞ」
「……殿、かたじけのう……」
左内は
春三月。
根岸の持輪寺から美々しい女乗物を中に十五人の侍たちが列をなして出て来た。
供の面々も
ことに和田玄蕃は、老の眼に涙さえ浮べながら、生れて初めて大地を踏むような、力強い感動で歩を運んだ。
思懸けない開運である。
老中
――どうした訳だ。
みんな一時は夢ではないかと疑った。
お家再興の望みが絶えたことは、口にこそ出さぬが、誰しも動かしがたい事実だと感じていたのである。そして姫君だけでも世にお出し申したいと願いながら、しかし、幕府の忌諱に触れた家のこととて、それも
そこへ突然の話だった。おまけに、
――家中離散のなかに、身を
ということで、十五名の家来もそのまま壱岐家に召抱えられることになったのである。
――姫君も世に出る。
――我らも生涯お仕え申すことができる。
一同の歓びがどんなに大きかったかは云うまでもあるまい、彼等はいま
足取りは軽い。
陽はうらうら、丘の畑地に
「……お姫さま、……」
と低く
木蔭に膝をついて、行列が見えなくなるまで目送していたが、やがて静かに立上ったとき、馬上の虎之助が近寄ってきて、
「左内、美しい姫だな」
と声をかけた。……はっと編笠を脱ったのは館ノ内左内であった。
「そのほうの言葉に偽りはなかった。ことによると余は、礼を云わなければならぬかも知れぬ。いや、ここであっさり礼を云うかな」
「もったいないお言葉、家来どもまでお取立てにあずかり、わたくしこそなんとお礼の申上げようもございません」
「なんの、あれだけの佳人と左内ほどの者を手に入れることができたのは余の果報だと思うぞ」
「恐れながら申上げます」
左内は驚いて眼を上げた。
「わたくしめはこの場から立退きまする所存、若殿にお仕え申すことは協いませぬが」
「なに、なにを申す、余に仕えることはならぬとな」
「姫君のお仕合せになるよう、そればかりを一念に数々の無調法を仕りました。武士としてあるまじき、
「左内は馬鹿だぞ」
虎之助は、腹立たしげに怒鳴った。
「余はそのほうが欲しい、左内が欲しいのだ」
「では、世上の沙汰に上った場合どうあそばします、恐れながら大殿様はじめ、御一門の名聞にも
虎之助の眼には、いつか怒りとも悲しみともつかぬ涙が光っていた。
「余はそのほうが欲しかった。そのほうは来てくれるものと思っていたぞ。それなのに今となってそんなことを」
「若殿、……そのお言葉は左内にとって骨に
「おお来るか、余の許へ来ると云うか」
「五年、……あるいは七年」
左内は空を仰ぎながら云った。
「お目通り仕るべき時と、覚悟のつきましたおりは、必ず立戻って参ります」
「誓言せい、待つぞ、五年、たとえ十年でも」
「誓言仕ります、必ずお目通り仕りまする、若殿……なにとぞ御武運めでたく、姫君の儀幾重にもお願い申上げまする」
「そちも健固で、必ず戻れよ」
「はあっ」
左内はじっと虎之助を仰ぎ見たが、思い切ったように